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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5931号 判決 1960年9月30日

原告 鈴木孝五郎

右訴訟代理人弁護士 河村貢

同 河村卓哉

被告 偕成証券株式会社

右代表者代表取締役 川島紀雄

右訴訟代理人弁護士 村上信金

同 高橋勝徳

主文

被告は原告に対し別表(二)記載の株券を引渡し且つ一、五四三、六六三円及びこれに対する昭和三三年八月八日以降右金員完済まで年六分の割合による金員を支払うこと。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は第一項前段について一、〇〇〇、〇〇〇円後段については四〇〇、〇〇〇円の各担保を供するときはそれぞれこれを仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、被告会社が証券業を営むことを目的とする株式会社であることは当事者間に争なく証人山本雅寿(第一回)及び原告本人鈴木孝五郎各訊問の結果によつて成立を認める甲第一ないし第三号証、証人山本雅寿(第一回)訊問の結果によつて成立を認める甲第九号証、及び右訊問の結果を綜合すれば、訴外山本雅寿は被告会社の外務員として原告から別表(一)記載の株式を同表記載寄託年月日以前の日時に原告主張の如き趣旨の下にすなわち、原告が将来被告会社に委託して行うべき株式信用取引の際の担保(いわゆる代用証券)または原告が被告会社を介して日証金から貸付を受ける際の担保として使用すべきものとして保護預りした事実を認めることができこの認定に反する証拠はない。

二、よつて右保護預をした際右山本が被告会社を代理する権限があつたかどうかという点について判断すると、有価証券業者の外務員たる者は有価証券の募集、有価証券の売買の勧誘及び有価証券市場における売買取引の委託の勧誘をその主たる業務となすものであつて証券業者と顧客との間の取引に際し外務員が介在する場合常に必ずしも証券業者の代理人たる地位に立つものではなく、外務員が証券業者の代理人たる地位に立つか、顧客の代理人たる地位に立つかはその各個の取引についての具体的事情によるものと解すべきであるが、一般に外務員は証券業者の使用人たる地位を有するものであるから、むしろ証券取引の委託事務の処理については証券業者の代理人と認められるのが通常であつてその反対に外務員が顧客の代理人と認められるについては一般取引関係から来る信用を超える特別の個人的信頼関係が存在し、顧客が外務員に対し証券業者の使用人たる立場を去つて特に自己のために行動することを求め、外務員がこれに応じたものと認めるに足る特別の事情の存在が認定されることを要する。

これを本件の訴外山本雅寿について考えると証人山本雅寿(第一回)及び原告本人鈴木孝五郎各訊問の結果によれば、原告は本件取引以前にも昭和二三年頃から訴外山本雅寿を通じて被告会社と証券取引をしていたこと、而かもその間原告は一度も被告会社の店頭に赴いたことなく、稀に被告会社に電話して直接連絡をとる場合のあつたほかは、すべて同訴外人を通じて取引を行つたこと、株券の預託金銭の出納等も同訴外人に任せていたこと、本件の株券預託についても被告会社の正規の預証等を徴していなかつたこと、及び同訴外人に依頼して被告会社との取引について匿名を用いた場合があり、被告会社においてその各場合において、それが実際に原告との取引であつたことを知らなかつたこと等の事実を認めることができる。しかしながら同時に右各証拠によつて、原告は被告会社の正規の預証はこれを徴していなかつたが訴外山本雅寿が被告会社の用紙を用い被告会社の印鑑による印影としての外形が認められる印影を押捺して作成された預証を受取り、而かも原告がその預証が被告会社の正規の預証でないことを知らなかつたこと、原告が一旦被告会社にいわゆる保護預りをなさしめる趣旨で訴外山本雅寿に交付した株券について、これを実際に信用取引の代用証券或は日証金に担保として使用するに当りその株券のうちいづれをその使用目的に充てるかは同訴外人に一任していたが、代用証券或は日証金に対する担保として使用すべき各場合は原告において一々指図し、株券の運用を全く同訴外人に一任してはいなかつたこと、本件取引に関する報酬はすべて証券取引における手数料の歩合として被告会社から同訴外人に支払われていて、原告において同訴外人に特段の報酬を支払つた事実がないこと、及び当時外務員を通じて行われる証券会社と顧客との取引において匿名が使用されることは往々にして行われていたところであつて本件が特異の事例ではないこと等の事実が認められる。

以上認定の事実を綜合するときは原告と訴外山本雅寿との間に通常の顧客と外務員との間の信頼関係以上の個人的な信頼関係を認めることはできないのであつて、同訴外人の使用主である被告会社は原告に対し同訴外人のした行為について本人としての責任を免れ得ないものとしなければならない。

しかるにその後右株券中別表(二)記載の株券は被告会社において代用証券または日証金に対する担保として使用すべきものとして被告会社が受領したことは当事者間に争のないところであるが、被告会社は別表(一)記載の株券中別表(二)記載の分は原告主張の如く保護預りの寄託の趣旨を改め、不特定物として消費寄託を受けたというべきである。従つて被告会社はこれと同銘柄同株数の株券を原告に返還する義務があるものというべきところ被告会社はこれを別表(四)記載の如く原告に返還したと抗弁するので按ずるに証人山本雅寿(第一、二回)及び同深津弥一郎各訊問の結果によつて成立を認める乙第一六号証の二、第一八号証の二、第二五号証第二六号証第二七号証、第二九号証、第三〇号証、第三一号証乃至第三三号証、第三四号証、第三五証、第三六号証、第三八号証並びに第三七号証及び右各証人訊問の結果を綜合すると被告会社は別表(二)記載の株券を別表(四)の如く訴外山本雅寿に交付した事実が認められる。しかし前段認定の如く本件原被告間の証券取引において右山本は被告会社の代理人であつたと認むべく、右株券の受領に際しても原告の代理人としてこれを受領したと認めるに足りる証拠がないので被告のこの点に関する抗弁はこれを採用しない。

ただ原告は別表(二)記載の株券と同銘柄同株数の引渡を求めると共に、若しその引渡の執行が不能の場合において、その時における株式の時価に相当する金員の支払を予め併合して請求するが株式の如き時価の変動の激しいものについては口頭弁論終結のときに認められる時価から、株券引渡の執行不能の際における時価を推定することは不可能であるから、金員の支払を求める併合請求は理由なきものとしてこれを棄却する。

次に前段認定の如く被告会社が原告から保護預りをした別表(一)の株券中別表(二)の株券を除く爾余の株券は、依然として被告会社が保護預り、すなわち株券そのものを特定物として寄託を受けていたものと解すべきところ証人山本雅寿(第一回)訊問の結果によつて成立を認める甲第九号証及び右証人訊問の結果によつて被告会社の外務員である訴外山本雅寿は被告会社が保護預中の右株券を原告主張の日時に、その主張の如き代価をもつて売却処分したことが認められ、この認定に反する証拠はない。しからば被告会社の原告に対する右株券の返還債務は右売却により履行不能となつて消滅したというべきであるから、その株券自体の返還を求める原告の請求はこれを棄却すべきであるが、株式の売買は特段の事情のない限りその時の時価をもつてなされたと認むべく、従つて被告会社は原告に対して株券引渡債務に代る代償としてその売却価格と、その売却の後である本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三三年八月八日以降完済まで年六分の割合による商事の法定遅延損害金を支払うべき義務がある。

この点について被告は右株券引渡債務の履行不能については原告の側にも過失があると主張するが、たとえ被告主張の如く原告が長年株式会社三越の代表取締役としての地位にあつた経歴を有し、現在もその関係会社の取締役を勤め、実業界における知名の士でありながら漫然被告会社の外務員である訴外山本雅寿の言辞を信用し、同人が擅に作成した被告会社名義の株券預証、買付報告書及び計算書等に対して疑念を差しはさまなかつたような事実があつたとしてもその事実をもつて直ちに株式売買における委託者としての注意義務を欠いたものということができない。而して右株式売却の際の価格は計数上少くとも(すなわち右甲九号証中保護預中売却したものと、代用証券或は日証金担保として使用すべきものとして預託中売却したものとが一括して記載されてあるものについては単価の低いものをもつて算定すると)合計四、七二三、九〇〇円となる。

しかるに被告会社が原告に対して支払うべき損害賠償のうち三、一八〇、二三七円は原告が被告会社に対して支払うべき金利等として差引かれるべきものであることは原告の自認するところであるから、原告の本訴請求中前記別表(二)の株券の引渡及び右四、七二三、九〇〇円から三、一八〇、二三七円を差引いた一、五四三、六三三円とこれに対する昭和三三年八月八日以降完済まで年六分の割合により金員の支払を求める部分は正当としてこれを認容すべく、爾余はこれを棄却すべきにより仮執行の宣言及び訴訟費用の負担について民事訴訟法第一九六条第八九条第九二条但書を各適用して主文のように判決する。

(裁判官 菅野啓蔵)

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